第128号 生きるのは苦心惨憺
皆さんは、今年生まれて何年目になりましたか。私は2月で67年目になりました。人生まだまだ途中とはいえ、生まれてから思わぬことばかりが起こります。
目が見えなくなり障碍者の仲間入りをしたことも、その中の一つの出来事です。一言で言うと、人生とは?「隔靴掻痒」ですね。皆さん自身も、自分自身を振り返り思い当たることがいくつかあると思います。
想うのですが、自分自身の思惑から外れていても、事実は事実として、受け入れなければ前に進めなくなってしまいます。人生すべてが、学びなような気がします。
※ 苦心惨憺(くしんさんたん):心を砕きながら、さまざまな苦労や努力を重ねること。「苦心」は苦労して考えること。「惨憺」は心を砕き、悩むこと。「苦心惨澹」とも書く。
初めの詩は、私自身に言い聞かせるために作りました。ある面、自らの足りなさを悔いている詩です。どうぞ読んでください。
〈俺は俺〉
否定されようが
嘘八百を並びたて
流布されようが
俺は俺
他人の言動に
惑わされることなく
俺の道を行けばよい
何があっても
あいつはあいつ
なのだから
俺が
あいつの荷物まで背負うことはない
己の犯した
悪意の責任は
そいつが負えばよい…
非難されようが
腹を立てて
烈火のごとく怒ろうが
俺は俺
俺の間違いを
反省し
正す努力を
するだけだ
あいつはあいつ
あいつの至らなさは
あいつが改めればよい
俺の力では
あいつの性格まで
正すことはできない
ましてや面倒など見られない
▽ たまには、自分自身を振り返ってみたり、他人のふりを見て自分のふりを見直してみることも、必要かもしれませんね。
ちなみに、私の気を付けていることは、私とは他人の考えは違うという前提のもと「他人には関与しない」と言う事です。これに関しては賛否両論おありのことでしょう。
次の詩は、自分の心の内を書いてみました。皆さんは、いらいらしてもどかしい気持ちをどうしていますか?
自分の気持ちを自分でリードできたなら…どんなにか心地よいでしょう。
どうぞ読んでください。
〈二階から目薬〉
俺の人生隔靴掻痒(かっかそうよう)
また堪忍袋の緒が切れる
・・・・
冬の厳しさが
増せば増すほど
青さ極まる空
躍る足取りで
ウオーキングの真っ最中
ヘルパーさんが一言
「まるで見てきたようなことを言いますね」
その一言は
読書の感想を
言っている最中のことだった
俺にとっては
活字を通じて
まさに本の世界に
入り込んでいたのだから
見て来ていることは
間違えない
しかしそれでも
堪忍袋の緒が…切れる寸前
吐き出したい罵詈雑言を
喉元で飲み込み
口を噤む
その刹那から
イライラは始まる
誰かに何かを
望み求めてばかりいると
思い通りに行くはずもなく
俺の考え
人生観を
認めてほしいと願っていると
いつでも
必ず否定される
君のあなたの
考え
人生観を
認めて
誉めて
共感して
君にあなたに
何ができるかと
考え
思っているだけでも
いつでも心は
お日様満開
大安吉日
※ 二階から目薬:2階にいて、階下の人に目薬を差すこと。もどかしいこと。また遠回しすぎて効果がないことのたとえ。
※ 隔靴掻痒(かっかそうよう):足が痒いのに靴の上から掻くように、核心に触れることができずに、歯痒く思うさまを意味する言い回し。
▽以前聞いた話ですが、以下のようなことを言っている人がいました。
それは「その人の地位や立場にとらわれることなく、たとえ赤ちゃんからでも、学ぶべきことはある。」と言っているのでした。
今年も、まだ始まったばかりなのに、長い詩を最後まで読んでくださりありがとうございました。
これからもよろしくお付き合いくださいませ。
小澤真人でした
