2026.04.13. 第132号 当たり前のことを…

雨に濡れたベンチに桜の花びら

第132号 当たり前のことを…
 皆さんは、当たり前のことを、当たり前にできる喜びや幸せを知っていますか!?
 誰でも普通にやっていること・誰でも簡単にできることが自分にはできないことの苦しみや辛さを味わった経験はありますか!?
 NHK第一テレビの番組で、ある女優さんが言っていました。「昨日と同じ今日を迎えられることの幸せを感じています」とです…以前この投稿文でも書きましたが、まだ見えている頃の私の話です。
 半年くらい、まったく仕事ができなかった経験がありました。仕事がないのではなく、鬱になってしまい、部屋から一歩も外に出られなくなってしまったのです。他人から見れば、仕事はやって当たり前のことですが、その期間は頑張っても頑張っても家から出られないのでした。
 その時の、身をよじるような塗炭の苦しみの日々を思い出すと、たとえ目が見えなくなっても、私は今が一番幸せです。

※ 塗炭の苦しみ(とたんのくるしみ):ひどい苦難。あたかも泥水や炭火の中に落とされたかのような、苦しい境遇。
 同様の表現としては、「水火の苦しみ」などがある。
  始めの詩は、普通の人にはできるのに、自分では出来なくなってしまったことの、
  苦しさ辛さを考えてみました。どうぞ読んでください。

〈こんな私の生き方でした〉

これは母の話である…
若い頃は良く働いた
朝一番に起きだして
家族に朝食食べさせて
空に太陽昇るころ
畑に出て泥まみれ
夕日が山を染めだすと
皆の食事を造り始る
満天の星を眺めながら
一日の最後に
残り湯に肩までつかり
ため息をつく
年を重ねて
老いてからは
寝たきりの日々が
多くなり
風呂もトイレも
着替えでさえも
他人だよりで
ひとりでは
なんにもできない母がいた
それでも今は
天国へ上り
ゆっくりとゆったりと
笑顔で一休み

▽ これは母のことですが、こんなことを書いた私も、見えなくなってから出来なくなったことが山ほど増えました。
  何度も書きますが、昨日と同じ当たり前な今日を過ごせることの幸せを感じる私です。
  次の詩は、10人いれば10人の考えは違って当たり前ということを言っている詩です。 
  見る角度の違いで、感じ方見方も違ってきます。まさに十人十色ですね。まったく詩とは言えないような稚拙な作品ですが、どうぞ読んでやってください。

〈ゾウさん〉

ある子供たちが
ゾウの身体(からだ)の
一部分だけを見て
言い合った
ゾウさんはね
長くて太い
ホースを振り回して
水を飛ばしているんだよ
またある子は
横から大きな胴体を見て
口をとがらせて言った
まったく違うよ
それは黒くて広い
壁のようなものだよ
またある子は
耳を見て言い張った
大きなうちわで
パタパタと風を
送っていたわよ
また別な子は尻尾を見て言った
先っぽに毛が生えている
むちのようなものを
右に左に
ずっと振っていたよ
それから四人は
自分の感想を
言い合って
譲らなかった
困り果てた
言い出しっぺの
ゾウ使いのおじさんは言った
みんなみんな
正しくて
誰もがみんな
足りないことばかりだよ
国会議員の考えも
人の意見の違いも
そんなものかもしれないね

▽ 以上は、読んでいただいたような子供チックな詩でしたが、10人いれば10通りの当たり前があるのではないかと言いたかったのでした。
 勝手なことを書いてしまいましたが、お許しくださいませ。
 これからも引き続きよろしくお願いします。
小澤真人でした

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