第137号 障害も色々
私は視覚障害者です。すでにご存じの方がほとんどだと思いますが、ここでもう
一度告知させていただきました。くどいようですが、視覚障害者の私は、障害者の
中では幸せな方だと感じます。なぜなら…聾唖者をはじめ、吃音性の方・腎臓や心臓に
障害を持っている方たちは、一目見ただけでは障害の有無はわかりません。しかし、私の場合は白杖を持つので、一見しただけで視覚障害者だと知ってもらえるのです。そんなこと知っているわい!!という方には申し訳ありません。ただ、なんとなく
知っていたという方は、ここでもう一度、それぞれの障害について考えてみてくださいませ。
では早速、初めの詩を紹介します。私が小中学のころ、習い事といえば、珠算と
書道が一般的でした。中学や高校の時には、柔道部に入っていました。その頃はまだ視力は1.5ありました。その頃の話です。どうぞ読んでください。
〈やれるまでやる〉
きりりと黒帯をしめたくて
負けても負けても
挑み続ける
相手が呆れて
もうやめようと
諦めるまで挑み続ける
珠算の二級を取りたくて
受験する
落ちても落ちても
受け続ける
肉体の限界
スキルの限界
そんな話のようで
そうでは無く
気持ちの限界
心の限界を
超えろと
弱い己を
叱咤激励する
▽ 見えなくなってから、今までは何気なしにできていたこともできなくなりました。
そんなこともあり、少々意地っ張りな一面が増えたような気がします。
次の詩は、この世に存在する、植物や動物、そうして私たち人間はみんな名前を
持っています。ふとそんなことを考えたときに作ってみた詩でした。
どうぞ、軽い気持ちで読んでみてください。
〈名は体を表す?〉
太陽へ顔を向ける花は
ひまわり
朝咲く花は
朝顔
夜咲く花は
月見草
ぼたんの季節に食べるのは
ぼたもち
萩の季節に食べるのは
おはぎ
湖畔に立つ宿は
湖畔の宿
それなのにそれなのに
私の名前は
まるで人となりを
表していない
それでも私は私
でありたいと
何時も想う
▽ うろ覚えの知識ですが、ぼたもちとおはぎは、同じ食べ物でも、季節の違いで名前
は違うようです。
皆さんは、ご自分の名前を好きですか?私は、叔母が名前をつけてくれたのですが、
なぜか、あまりしっくりしません。普段はそんなことを考えもしませんが、この時は
なぜか、自分の名前のことを考えてしまったのでした。
くだらない話で申し訳ありませんでした。この次もよろしくお願いします。
小澤真人でした
